「俺の東京タワー」とは何か。そもそも私は何者か②


こんにちは。lily.jrです。

今日も、前回に引き続き、表題の件について書きます。
前回、俺の自己紹介を途中までしていたので、その続きを書いていきます。

前回も触れましたが、今から書くことは、何となく心に残っていることを今この瞬間の気分で書くだけです。私の人生のキーになる出来事かもしれないし、そうじゃないかもしれないし、後で繋がるかもしれないし、繋がらないかもしれないんです。
なぜそこにこだわるのかと言うと、人生に対する「そういう」見方っていうのに俺が懐疑的だからなんです。
何か作者のいる物語のように、自分の人生のストーリーを語ることって世の中によくあると思いますが、それって本当なのかなとずっと疑っているんです。
私はいわゆる頭があんまり良くないので、上手く説明できないかもしれませんが、何となく人生って、一個の太い芯があるっていうよりは、複数の細い線が絡み合って、その時々でその細い線たちが表に出てきたり、隠れたりするものなんじゃないかって思うんですよね。
そしてその細い線が出てきたり隠れたりする頻度も、1日の中で起こることもあれば、数ヶ月単位だったり、1年単位であったり、もしかしたら数年単位であったりして・・・。

いや、こんな話どうでもいいです。俺、こういう変なことに頭悪い割にずっとこだわっていて、これは別に「俺の東京タワー」にあんまり関係ないことなんだと思います。
俺、あまりにも自分の心の中で、一人で、「俺の東京タワー」を温めすぎてしまったんですよね。本当は多分、そんな難しいことではなかったんじゃないかって最近思っているんです。

こういうどうでもいい心の引っ掛かりは、長年心で考えすぎたゆえのゴミみたいな感じで、潔く捨てないとって最近思ってます。
俺、昔から変な「こだわり」が強いんですよね。大人になるにつれてだんだん治ってきたんですけど、昔は「物に触れる場合は偶数回でないといけない(奇数でいけない)」とか「物には何か大事な物が誤って入っているかもしれないから全部念入りにチェックしないと捨ててはならない」とか、そういうよくわからないこだわりが強かった。上で書いたようなことも、そういう「こだわり」の一つで多分ゴミです。
言わば「思いついたこと・考えたことは全部言わないと私を説明したことにはならない」みたいなこだわりなんだと思います。こういうゴミを大切にするには人生は短いです。何もできなくなる。

また、あまりにも長い時間「俺の東京タワー」を考えすぎたので、その時間分複雑にしないと、その時間がもったいないし、その時間分の「重み」みたいなものが減るみたいな気持ちもあると思います。でも、複雑にも、重くもする必要はないって最近思っている。手垢のついた言葉で、この言葉を使う人間のことはあまり好きじゃないんですけど、言うならば「等身大」でいいし、そうじゃないといけないって思ってる。「等身大」のことを書くことで誠実さが生まれると思う。


まだ自己紹介も終わってない。そして「俺の東京タワー」についての説明もしていないのに、また一人で盛り上がってしまいました。お前は何の話をしているの?って感じですよね。

前回の続きを書きます。2007年の6月、当時公開されていた「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を見にいきました。席は確か一番後ろだったような気がします。見に行って、その時何を感じたか、思い出せません。何かを感じたはずなのですが。映画を見たことは、その後の私の人生に影響を与えた出来事なのは確かです。それを思い出すために、この文章を書いている理由もあります。

隣に当時の私より一回り上の、20代くらいの女性が座っていたのを覚えています。最後、オカンからの手紙を主人公のボクが読むシーンがあるのですが、そこで私はちょっと泣きそうになったんですよね。その感動というのは「お母さんが死んだ後に、そのお母さんからの手紙を読む」ということに対する、ただそれだけの感動で、それって注射を刺されたら痛いのと同じみたいな感じで、反射的なもので、「深い感動」ではなかった様に思います。その、隣の女性が、多分涙を目にうっすら浮かべていた私を見て、「え?こんな安い演出で泣く人いるんだ」みたいな顔をしていたのを覚えているんです。

映画を見終わった後、物販のコーナーに行きました。
私は当時、映画を見たら必ずパンフレットを買うことにしていたので、その時も買おうと思ったら、東京タワーのパンフレットが売り切れていたんです。

これは確かな記憶ではないのですが、この後、JR札幌駅から恐らく徒歩で市営地下鉄大通駅まで行きました。何故かはわからないのですが、大通駅近くのマクドナルドに行ったんです。マクドナルドなら札幌駅にもあるはずなんですけど。昔はラルズだった建物に入っている、大通に行く人なら知っているであろう、2階建てで、レジのところが吹き抜けになっているあのマックです。

大通駅近くまで行ったけど、マックの場所がわからなくて、母親に電話して聞いたような記憶もあります。恐らく、その前に母親とそこのマックに来たことがあったんだと思います。それは多分、そのマックが入っているラルズで、母親と服を買いに行ったことがあったからでしょう。

思い出すのに、結構苦労しています。実家に置いてある自分の荷物に何か手掛かりになるものがあるかもしれませんが、現在地方公務員を辞めたことにより実家との関係が非常に悪くなっているのと、あまり昔の物をほじくり返すのが好きでない(何故か非常に気が滅入る)ので、探しに行く気になれません。ここ(今住んでいる北海道の田舎)で思い出せる範囲のことを書こうと思います。

こんな細かいこと書かないでさっさと先に進んでもいいのですが、この辺りのことを書いていて思ったんですけど、どうやら「俺の東京タワー」についてのきっかけになるようなことがこの辺り、つまり2007年の4月〜7月あたりの数ヶ月にかなり凝縮されているっぽいんです。だからちょっと神経質に書こうと思います。いや、待って。今は自己紹介をしていたんだった。

今は自己紹介でしたね。あんまり「俺の東京タワー」を意識しないで書こうと思います。

2007年、中学校に入学してからの数ヶ月で、俺はリリーフランキーの小説「東京タワー(以下略)」に触れたんです。そこで、俺は目標を持ちました。いや、目標であり、かつ、自分を説明する「アイデンティティ」になるキーワードを持ったんです。

リリーフランキーが出た、東京の「武蔵野美術大学」に行って、何となく「何か作るクリエイティブな人間」になること

これです。
これは俺の目標かつ、自分というものを説明するアイデンティティになりました。

ひとまず、ここで区切ります。疲れました。自己紹介が全然進みませんでした。


※最終更新日:2025年6月14日  


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