・何となく、なるべくこれから日記をつけることにした。俺の東京タワーのことも、関係ないことも全部含めて、あまり力まずに、いい意味で適当に書きたいと思う。あと、言いたくないことは言わないことを自分に許そうと思う。
・朝5時に起きた。今日も1日ずっと家にいた。
・起き抜けは調子が良くて、気分転換に滝川市に行こうと思ったけどやめた。
・ここに書くための記事を頑張って書いた。が、完成しなかった。2日くらい前から書いているんだけど、今日もしんどい気持ちになりながら書いた。身を削っていると思う。
・先週契約社員の仕事が決まって、少し浮かれていた。内定承諾をしたら、昨日そこから電話がかかってきた。久々に仕事的な人と話したことの気疲れと、電話のテンションの感じがしんどかった。正社員はひとまず自分には気持ち的に難しいと思って契約社員にしたのに、話ぶりから妙に正社員と同じような社員意識を持てと言うようなメッセージを感じて、やっていける感じがしなくなった。あと、フルリモートで勤務することができそうだから受けたけど、なんとなくそういうわけにはいかない感じが電話の話ぶりから予感できた。電話のあと、何かとても不安になってしまい風呂に入って興奮を鎮めようとしたが、収まらなかった。そこで、「親密なお付き合いの方」に電話して、話をしたら少し不安が収まった。
・これも昨日の話なんだけど、昨日こんな連ツイを見た(1ツイート目以外は一部抜粋する)
連ツイにて「人間の脳は相手の存在を前提に組み立てられている」とあるが、これは丁度実感を伴ってわかる気がした。相手の存在なしに何か考えたり、何か作ったりということは難しいと最近思う。
ここ最近、頭の中で何かを思うことと、何かを書いて発表することって何が違うんだろうと悩んでいた。何か、今これを書いているこの瞬間はあんまりこの疑問の意味がわからないんだけど、何かのゾーンに入るとこの疑問が湧くのだ。
でも、何かやっぱり、ここの記事を書いている時と、投稿ボタンを押して「一応」世界に発信した後とでは、「何か」違う感じがするのだった。誰も読んでいないかもしれないけど、でもそれでも、何か違う。
で、この連ツイの話になるんだけど、その「何か違う」感じが、このツイートと関係があると思った。「人間の脳は相手の存在を前提に組み立てられている」というのが、何かすごくよくわかるのだ。逆に言えば、相手の存在なしには何かを作ったり、何かを考えたりすることができないのではないか。何というのだろう、やはり発表することにはとにかく意味があると思ったのだ。
やはり他人に言うべきだ、と思った。俺の東京タワーを書くことは多分意味があるだろう。他人に言うことで「わかる」かも?しれない。何か、わかるかもしれない。何か変わるというか、何か掴める、何か実感を持つことができるかも?しれないと思ったのだった。
・昨日、「親密なお付き合いの方」と電話して気分が落ち着いたのも、やはり他人を通して何か起こったのだろう。
・あと、昨日その契約社員の会社から電話がきて、やっぱりここでは働けないかもしれないと思って、何ならもう俺にはほとんどできる仕事はないかもしれないと思ったら、急に頭が冴えてきて、俺の東京タワーが書ける気がしてきた。これは、風邪をひいたの時の感じと似てると思った。結局、何と言うか、満足感なのである。自分次第なのだ。自分で自分を許すか許してないから決めているのだ。「俺の東京タワー」は、「できる限りやる」がゴールで、「できる限り」は、自分次第なのだ。自分が弱っている時は、ぐっと自分への期待値のハードルが下がるから、何かできる気がするのだ。
・お昼すぎくらいから、だんだんと気分が落ち込んできた。昼過ぎから太陽が見えてきて晴れたのもあったのだろう。自分は晴れが苦手だ。何となく不安だった。
・受かったところより仕事内容も給料も条件のいいフルリモートの会社2件に応募していたのだけど、そこから同時にお断りメールが来た。これは慣れることがなく、やっぱりどうしても落ち込んでしまう。仕事内容の実務経験が足りないのかもしれない。だったら、やっぱりフルリモートは人気なんだから、まずは出社の仕事をしないといけないんだろうけど、俺はやっぱり対面で人と仕事することが難しい人間なので、この先も満足に経験は積めないだろう。俺くらい対面が苦手な人間もいないのだから、もういきなりフルリモートをさせてくれたっていいではないか。俺は他のやつと違って、楽だからフルリモートをしたいのではなく、フルリモートでないと働けないからしたいのだ。
