・今日は、ほとんど寝ていた。朝方に寝て、夜の7時くらいに起きた。
・確か、朝の寝る前に少しだけ転職エージェントサイトで紹介された企業の応募の振り分けをした。そして、さっき、夜の11時30分くらいから多分40分くらい応募の振り分けの続きをした。
・夜に油の多いものを食べて、確実にカロリーを摂り過ぎた感じがした。最近少し痩せてきたので、また太りたくないので嫌だったけどエアロバイクを20分漕いだ。漕いだら、疲れたけど、気分的にすっきりした。「計画を立てて、その通りに実行する」ということが自分は本当に苦手なので、こんなことでもできると自信が出てきて、機嫌が良くなる。
・俺の東京タワーについて。俺は、「博物館ではなく、作品を作ること」に決めるべきだと思う。
・俺は、俺の東京タワーを作ることを決めたのだ。つまり作品を作ることに決めたのだ。人に見せることに決めたのだ。それが良いことだと思ったんだと思う。
・伝わらなくてもいいから、自己満足で自分の過去をひたすら記録して整理し、そしてデータや物を捨てないで取っておくことだってできるはずなんだけど、でも俺はそれが嫌というか、それでは満足できないんだと思う。つまり、やっぱり人に見せたくて、そして伝えたいのだと思う。「過去をなるべくいじらないで、新古品のような状態にして、押し入れの中にしまっておく」ということを、選ばなかったんだと思う。
・これ(作品を作って、それを人に見せることは良いことだという価値観)って、俺にとって全然当たり前のことではなかった。俺は、基本的に他人が嫌いだし、怖いし、そいつらに何かわかって欲しいなんて、基本的には思っていなかった。
・それに、作品にすることって、多かれ少なかれ、必ず何かを不可逆的に破壊することになるとも思う。そして、一回限りの何かを使ってしまうことにもなるだろう。
・また、何かを言うことで誤解が生まれるだろう。その誤解について、何も言わないよりはマシとは全然思わない。何も言わないで黙っている方がマシなんじゃないかと普通に思う。俺は誤解されたくない。自分の苦しみを表明して、その苦しみを誤解されるくらいなら、何も言わないでいたいと普通に思う。
・ちょっと何か変なことを言っているのはわかっているんだけど、俺の過去を可能な限り網羅した博物館を作ることと、作品を作ることって全然違う、むしろ対立する行為なのではないか?「博物館を作ること」と「作品を作ること」は両立できないのだ。
・抽象的な話をしているように見えるかもしれないけど、実は結構具体的な話をしているのだ。一個一個の実例が自分の頭の中にはある。ここで説明するのはしんどいので書かないけど。
・作品を作り、自分を説明することというのは別に必ず良いことではないはずなのだけど、しかし、それをわかってもなお作品を作りたいと思っているのだから、俺は、嫌いな言葉だけど「覚悟を決めて」作るべきなのではないだろうか。きっと、無傷ではいられないし、一回限りの何かを失うだろうし、誤解されるだろう。でも覚悟を決めるべきではないか。そういう生き方を選ぶべきではないか。
・人に見てもらうこと=作品にすることは、博物館的な行為ではない。絶対にそうじゃない。ウェブサイトの見栄えを良くすることも、作品を面白くすることも、自分の中では本質的ではないというか、むしろ誤解の範疇にある行為なんだけど、でも、俺は人に見てもらいたいんだから、それをやるべきだと思う。
・作るしかない。早く就職しないと。
